遺言書の法改正動向について

2025年7月に法制審議会(遺言関係)部会は、「民法(遺言関係)等の改正に関する中間試案」を公表しました。今回は、この改正議論の中で、遺言がどのように変わろうとしているか、またどのような影響が考えられるかについて見ていきます。

1 改正の背景:高齢化・単身世帯の増加・デジタル化

民法における遺言の方式に関する規定は、平成11年、平成30年の法改正等の際に若干の修正はされているものの、実質的な修正はなされていません。そのため、明治時代から130年近くの間、ほぼ変わっていない状況です。

改正されずにいる中で、日本、そして社会は大きく変わっており、

  • 高齢者人口の増加(65歳以上の人口が約3600万人)
  • 単身世帯の増加、家族構造の多様化
  • デジタル機器の普及により手書きで文書を作成する機会の減少
  • 相続紛争や所有者不明土地問題などの社会課題

など、様々な事情が生じています。そこで、「遺言をもっと使いやすく」、「手続を円滑にする」ことが求められるようになりました。

2 中間試案のポイント:デジタル遺言の創設

今回の中間試案において示された内容にデジタル技術を活用した新しい遺言方式の創設があります。これは、大きく3つの案が示されました。

⑴甲案:証人立会型or技術的措置型

①甲1案(証人2名以上+録音録画)

  • 遺言内容を電子データで作成
  • 証人2名以上の前で遺言の全文を口述
  • 証人が自己の氏名等を口述
  • 口述状況を録音録画して保存

②甲2案(証人不要・技術的措置必要)

  • 遺言内容を電子データで作成+電子署名
  • 遺言の全文を口述して録音
  • 口述の際に、遺言者以外の者が立ち会わず、かつ遺言者以外の者が口述できないことを担保する措置(民間事業者のサービス利用を想定)

⑵ 乙案:電子データを「公的機関が保管」する方式

  • 遺言内容を電子データで作成+電子署名
  • 電子データで作成した遺言内容を公的機関にオンラインで提出プラス本人確認
  • 公的機関に対し、対面又はウェブで遺言の全文を口述

⑶ 丙案:電子で作成+紙に印刷+公的保管

  • 遺言内容を電子データで作成し、プリントアウト等した書面に署名
  • 公的機関に当該書面を持参又は郵送して提出+本人確認
  • 公的機関に対し、対面又はウェブで遺言の全文を口述

3 現行制度の見直し

⑴ 自筆証書遺言:自書範囲の維持と押印要件の見直し

現行制度において、自筆証書遺言では、財産目録以外の全文を手書きすることが必要があります。これは、遺言の真意性・真正性を担保し、熟慮を促していると考えられています。そのため、さらなる方式緩和は偽造・変造のリスクが高まること、遺言の内容を十分に理解しないまま作成するリスクが増大することから、手書きを要しない範囲については現行規定を維持する方向で考えられています。もっとも、手書きの負担に対しては上述のデジタル技術を活用した新たな遺言の方式を設けることで対応する方向となっています。

他方で、押印については、押印の要否について両案検討が進められている状況になります。

⑵ 秘密証書遺言

秘密証書遺言についても現行の方式を維持する方向で整理が進められています。もっとも、自筆証書遺言の押印要件に合わせて、遺言者及び証人の押印の要否については検討が進められています。

⑶ 特別方式遺言:規律の明確化+死亡危急時及び船舶遭難者遺言の検討

特別方式遺言については、規律が不明確なものが多いため、規律を明確化していくことが検討されています。また、作成方法については、死亡危急時及び船舶遭難者遺言に関しては、デジタル技術を活用した新たな遺言の在り方についての検討を踏まえて、一つまたは複数の方式の創設の検討が進められています。

4 遺言において重要なポイント

中間試案において、遺言方式の要件は本人の意思で作られたことを確保することがポイントとされています。そのため、遺言の作成にあたっては、①真正性、②真意性、③熟慮性という3つの要素を考慮する必要があると考えています。

①真正性

  • 偽造・変造がないこと
  • 他人が勝手に作成しないこと

②真意性

  • 他人の影響がないこと
  • 遺言者が内容を理解していること
  • 内容が明確であること

③熟慮性

  • 軽率に作成せず、慎重に考えるプロセスが確保されていること

5 改正による影響

今回の中間試案で示された内容による法改正が行われた際には、PCなどで遺言内容を作成することも可能となるため、遺言書を作りやすくなる可能性があります。また、遺言書を作りやすくなることにより、遺言書の作成が増え、将来の相続紛争の予防などに寄与することが考えられます。

しかし、デジタル技術を活用した遺言方式については、デジタルデータの保管や口述の方法、どのような民間事業者のサービスが用いられるのかなど、実際に運用されなければ使い勝手の判断が難しい要素もあります。

遺言制度は近い時期に変わっていくことになるため、動向に注視し、対策を進めていくことが重要です。遺言は、将来の紛争を予防する重要な仕組みですので、上手く活用し、配偶者や子どもなどの負担を軽減してくことが大切です。

6 まとめ

遺言制度は、これから変わっていくことになります。相談者、依頼者にとって、どの方式を用いるのが良いかについては、具体的な状況や家族構成、自身の体調などにより変わっていきます。そのため、遺言の作成を検討されている方は、早めに弁護士に相談し、自身に最適な方式を選択し、将来の紛争のトラブルを予防していくことが重要です。

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