刑事裁判における二重の危険〜検察官上訴〜

今回、無罪判決を獲得し、改めて憲法39条後段が規定する刑事裁判の二重の危険、一事不再理について考えてみました。

1 はじめに

裁判(訴訟)には、大きく民事訴訟と刑事訴訟があります。まず、民事訴訟は市民と市民が当事者になり、金銭請求(代金を払ってもらえないので支払え、苦痛を与えられたので慰謝料を支払え、など)や不動産問題などが内容になります。他方で、刑事訴訟は、国家と市民が当事者になり、審理にかけられている市民(被告人)が起訴状に記載された犯罪の犯人であることに間違いはないか、刑法上犯罪として罰を与えるべきかについて判断する手続きになります。

そのため、民事訴訟では、市民(原告)と市民(被告)のトラブルにおいて、どっちの市民の言い分が正しいか(正しそうか)を裁判所が判断しますが、刑事訴訟では、国家(検察官)が犯人として訴追した市民が本当に犯人であるか、罰を与えるべきかについて国家(裁判所)が判断を下すというものになります。

このように刑事訴訟では、国家が市民に対して、犯罪者であるとのスティグマを付与するか否か、そして罰を与えるか、与えないかということが判断されるものであり、憲法上の権利の制約が問題となる場面となります。

そこで、今回は、刑事訴訟の中でも無罪判決に対して検察官が上訴することを改めて考えてみたいと思います。

2 二重の危険、一事不再理とは何か

無罪判決に対する検察官上訴に関しては、憲法39条を確認することから始める必要があります。

憲法39条は「(①)何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。(②)又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。」と規定しており、前段(①部分)を遡求処罰の禁止、後段(②部分)を二重の危険の禁止、一事不再理を意味していると考えられています。

検察官上訴との関係では、後段(②部分)について検討していくことになります。

注釈日本国憲法⑶435ページによると

一事不再理とは、「ある刑事事件について裁判が確定した場合に、同一事件について再び実体審理することは許されない」という原則のことと定義されている。

二重の危険とは、「個人にとって負担が甚大となる国家権力による訴追の危険は一度だけに限定されるべきで、再度同じ危険に陥らせることはないとする、被告人の権利を保障したもの」とされている。

3 判例の考え方

最大判昭和25年9月27日では、「一事不再理の原則は、何人も同じ犯行について、二度以上罪の有無に関する裁判を受ける危険に晒されるべきものではない」という考えに基づくものであり、「その危険とは、同一の事件においては、訴訟手続の開始から終末に至るまでの一つの継続的状態と見るを相当とする」としました。そのため、同判例の考え方からは、起訴されてから判決が確定するまでは一つの危険であることになります。したがって、無罪判決に対して検察官が上訴することは二重の危険には該当しないことになります。

4 三審制、無罪推定原則など

日本の訴訟手続では、民事訴訟も刑事訴訟も三審制が取られており、最大3回裁判所の判断をもらうことができます。これは、判断を下す裁判官も人間であり、誤判のおそれがあります。そのため、裁判の結果に不服を持つ者に上訴の機会を与え、上級審で改めて審理をすることで誤判を是正することを目的としています。したがって、三審制は裁判を受ける権利の一つの内容であるといえます。

次に刑事裁判では、無罪推定の原則があります。これは、被疑者・被告人は、裁判により有罪が確定するまでは無罪であると推定されるべきであるとの考え方です。そのため、刑事裁判では、「疑わしきは被告人の利益に」と言われるように、有罪であることの証明責任は検察官(国家)に課されています。また、証拠により有罪の証明がされなければ被告人を罰することはできません。この点、冒頭で述べたように刑事裁判は、国家が市民に対して罰を与える場面であり、憲法上の権利制約が生じる場面になります。そして、犯罪者であるとの事実は社会生活において大きなダメージを与える事実となること、また、刑罰として身体に対する制約や財産権に対する制約、生命に対する制約があるため、その判断は慎重になされる必要があります。そのため、無罪推定の原則は、いわゆる違憲審査における厳格な審査を刑事裁判の中で具体化させたものと考えられます。

5 まとめ

ここまでにおいて、簡単ではありますが関係する制度や考え方、判例の説明をしてきました。そこで、検察官上訴について改めて検討したいと思います。

まず、判例の述べるように起訴され、判決が確定するまでは一連の継続した手続である。しかし、市民にとっては一つひとつの裁判の負担は大きく、その事実を軽視することはできません。この点、三審制は上述のとおり裁判を受ける権利の一内容であるから、市民に対して保障されるものであり、国家に対して上訴する権限を与えるものではないといえます。また、刑事裁判において無罪推定の原則などのように厳格な審査を求めていることなどからしても、被告人の権利を保障、尊重することが必要といえます。そうすると、アメリカ法のように一つの危険は、再び刑事裁判を受けることと考え、無罪判決に対する検察官上訴は制限すべきではないかと思います。